竹取物語 現代語訳 天の羽衣 (四)

竹取物語 現代語訳 天の羽衣 (四)

訳者まえがき

 

ここに掲示されている訳は「逐語訳」です。

 

直訳に近いので、不自然な文章になっている部分があるのはそのためです。

 

高校生時代の授業の記憶や古語辞典を頼りに訳しています。

 

 

竹取物語 天の羽衣 第四回です。

 

 

本文
こうしているうちに、宵※1を過ぎて、子(ね)の時刻※2ごろになると、家の辺りが、

 

昼の明るさ以上に照らされました。

 

満月の明るさを十倍にしたほどで、人の毛穴さえ見えるほどです。

 

大空から、人が、雲に乗って降りてきて、地上から五尺(1.5m)ほど上がった高さで、

 

行列をなしていました。

 

家の中と外にいる人たちの心は、なんとか思い直して、弓矢をとって立ち向かおうと

 

するけれど、手から力が抜けて、萎えかかっている中で、しっかりしている者は、

 

がまんして射ようとするけれど、無関係な方へ飛んでいくので、激しく戦うこともできないで、

 

ただもうぼんやりとしてしまって、みんな様子を見つめることしかできません。

 

 

行列の人たちの、衣装の美麗なことは、例えようがありません。

 

空中を飛行する車※3を一台用意していました。

 

そして羅蓋(らがい)※4を差してしました。

 

その羅蓋の中に王と思われる人が、竹取の家に、

 

「造麻呂、前に出よ」

 

と言うので、勇ましく思っていた造麻呂も、本心を失ったようになり、うつぶせに伏しました。

 

王と思われる人がおっしゃることには※5

 

「汝※6、幼き者※7よ。

 

ほんの少しの功徳※8を、翁が積んだので、汝の助けにと思って、ほんの一時のこととして

 

かぐや姫※9を月から下らせ、多くの年月の間、多くの黄金を賜ったので、

 

身分が変わったようになった。

 

かぐや姫は、罪を犯した※10ので、このような賤しいおのれ※11のもとに、少しの間

 

いらっしゃったのだ。

 

罰の期限が満了したので、このように迎えに来たことを、翁は泣き嘆く。

 

承知できることではない。

 

はやく返して差し上げよ」

 

と言います。

 

 

翁は、答えて申し上げます。

 

「かぐや姫を養いお育て申し上げたことは、二十年余り※12になります。

 

『少しの間』とおっしゃることに、疑わしく存じます。

 

また別のところに、あなた様がかぐや姫と仰せになる人がいらっしゃるのでしょう」

 

と言います。

 

「ここにいらっしゃるかぐや姫は、重い病に臥せっていらっしゃるので、出てくることなど

 

できそうもございません」

 

と申し上げたけれど、その返答はなく、屋根の上に飛行する車を寄せて、

 

「さあ、かぐや姫。

 

このような穢き所※13に、どうして長く居ようとするのか」

 

と言います。

 

立てこもっていた塗籠(ぬりごめ)の戸が、たちまち、すべて開いてしまいました。

 

格子戸も、人手がなくても、開いてしまいました。

 

媼が抱きかかえていたかぐや姫は、外に出てきました。

 

かぐや姫を留めることができそうもなくて、ただかぐや姫を見上げて泣いています。

 

 

竹取の翁が、途方にくれて泣き伏しているところにやってきて、かぐや姫は言います。

 

「このわたしも、不本意ながら出てゆくことですので、天へ昇っていくのを見送って

 

くださいませ」

 

と言うけれども、

 

「どうして、悲しいのに、見送り申し上げれましょうか。

 

わたしを、どうにでもしろといって、捨てて昇って行かれるのか。

 

一緒に連れて行ってくださいませ」

 

と、泣き伏すので、御心は途方にくれました。

 

「手紙を書き置いて行きます。

 

恋しく思うその時々に、取り出してお読みください」

 

と言って、泣きながら書く言葉は、

 

 

この国に生まれたならば、両親が生き別れることによって嘆かせることのない時までお側に

 

お仕えできずに別れることが、本当にかえすがえす本心でないのです。

 

脱ぎ置いていく衣を形見としてご覧ください。

 

月の出た夜は、月を見上げてご覧ください。

 

お二人をそのままにして申し上げ発って行くのは空から、落ちてしまいそうな気持ちです。

 

 

と書き置きました。

 

 

天人の中に持たせていた箱があります。

 

天の羽衣(あまのはごろも)が入れてあります。

 

もうひとつ、不死の薬も入れてあります。

 

一人の天人が言うことには、

 

「壺にある御薬を召し上がれ。

 

穢き所の物を召し上がったので、御気分も優れないでしょう」

 

と言って、持って傍に来たので、少々お嘗めになられて、少しを形見にと、

 

脱ぎ置いた衣に包もうとしたので、ある天人はそれを包ませず、

 

天の羽衣を取り出して着せようとしました。

 

その時、かぐや姫は、

 

「少し待ちなさい」

 

と言います。

 

「衣を着た人は、心が地上の者とは異なってしまうと言います。

 

あと一言、書き残すことがありました」

 

と言って、手紙を書きます。

 

天人は、遅いと、じれったくお感じです。

 

かぐや姫は、

 

「道理のわからぬことをおっしゃらないでください」

 

と言って、とても静かに、帝に御文をお書き差し上げました。

 

落ち着き払った様子でした。

 

 

このように多くの人を賜って、留めさせようとして頂いたけれど、それを許さぬ迎えが

 

参りまして、召し連れて帰ろうとするので、残念で悲しくてなりません。

 

宮仕えをお仕えさしあげなかったのも、このような複雑な事情の身であったので、

 

道理をわきまえない者とお思いになられたでしょうけれど、情にほだされないよう

 

承諾しなかったのでございます。

 

無礼者とお思いになられたままであることが、心残りでございます。

 

 

と書いて、

 

 

今になって天の羽衣を着るにおよんで帝を思慕していたのだと思い出されています。

 

 

と書いて、壺の薬に添えて※14、頭中将(とうのちゅうじょう)を近くに呼んで、

 

帝へ差し上げるよう手配しました。

 

中将に、天人が取りついで伝えました。

 

中将がそれを受け取ったので、さっと天の羽衣を着せつけなさると、

 

翁を気の毒に思う気持ちも、愛情を抱いている気持ちも、失せてしまいました。

 

この天の羽衣を着た人※15は、思い煩いが無くなったので、車に乗って、百人ほどいる

 

天人を連れて、昇っていきました。

 

 

富士の煙

 

竹取物語
(原文:角川ソフィア文庫 新版 竹取物語より)

 

 

 

訳注
※1 日没から夜中に至る間

 

※2 午前零時を中心とした二時間

 

※3 宙に浮く、牛車のようなもの

 

※4 貴人の行列のときに従者が後ろから頭上にさしかける、うすもので張った柄の長い衣笠

 

※5 王の傍に仕える者を通しての発言

 

※6 相手を低く見る呼びかけ

 

※7 年下というのではなく、未熟者を指す

 

※8 仏教用語で、善い行いのこと

 

※9 竹取の翁が斎部の秋田(いんべのあきた)に付けさせた名前

 

    (かぐや姫の生い立ち (二)を参照)を、月の王が知っていることに注意

 

※10 原文では尊敬語でかかれていることから、

 

    かぐや姫の身分は元々、天人の中でも相当高いことが分かる

 

※11 “汝”よりもさらに相手を低く見る侮蔑語

 

    王と思われる人のではなく、発言者者の感情か?

 

※12 二十年の計算は

 

    かぐや姫が裳着(成人式)する三か月、五つの難題の出題までに少なくても半年、

 

    五つの難題がそれぞれ三年ごと(だいたい十五年)、御狩の御幸から迎えまでに

 

    三年、でおよそ二十年

 

    もしくは

 

    三か月でかぐや姫が裳着した時を成人年齢の十二年として、そこから五つの難題の

 

    出題までに少なくても半年、五つの難題の間がおよそ三年、御狩の御幸から迎えまでに

 

    三年、でおよそ二十年

 

    の説があります

 

※13 この世を穢土(けがれた世界)とする仏教思想

 

※14 竹取の翁には残すことが許されなかったのに、帝には残すことが許可されている

 

    ことに注意

 

※15 かぐや姫のことだけれど、いままでとはもはや別人のように描かれている

 

 

かぐや姫の迎えがやってきました。

 

天人の王の発言から、多くのことが明かされる場面です。

 

お話はもう少し続きます。

 

 

昔話にはご都合主義がありがちですが、

 

竹取物語の作者は綿密な物語の設定を構築している様子がうかがえます。